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春彼岸号2024.03.27
彼岸を迎え
「あっ!」という間に日々は流れ、気が付けばもう春のお彼岸を迎える頃となりました。この冬は記録的な暖冬でありましたが、日本のみならず世界的にも暖冬傾向で、米海洋大気局(NOAA)の発表する2月の世界平均気温は過去最高になる見通しだと言われています。三月に入り、寒の戻りと思える日もありましたが、全体としてはやはり暖かい冬であったと感じる方も多いのではないでしょうか?しかし、この寒暖差が激しい気候は体には大きな負担となります。皆様も体調など崩さぬよう、くれぐれもお気を付けください。
さて、日本では年に2回お彼岸があります。3月の春分の日、9月の秋分の日を中日とし、それぞれ7日間に亘ります。近年は気候変動もあり感じにくくなっておりますが、昔から“暑さ寒さも彼岸まで”と言われるように、四季の豊かな日本にとっては、寒さの厳しい冬から暖かい春へ、暑さの厳しい夏から涼しい秋へ、気持ちの良い季節へ移行していく喜びを実感できるのも、ちょうどこの頃ではないでしょうか?
彼岸とは、サンスクリット語の「パーラミター」という言葉が元になっており、正しくは到彼岸と言います。苦しみの原因である迷いや悩みに満ちた岸(此岸)から、苦しみを脱した仏さまの岸(彼岸)に到るという意味です。
ご先祖様が生きていた頃、冬がどんなに寒くても、夏がどんなに暑くても、現代のような冷暖房のある家や、機能性の高い衣服があったわけでもなく、季節によっては決して快適ではない日常も多かったのではないでしょうか?でも、だからこそ、寒い冬や暑い夏から、待ちに待った暖かい春や涼しい秋へ移行し快適になるこの時期に、苦しみの此の岸から悟りの彼の岸へ渡る彼岸という考え方に、自然と得心がいったのだと私は思います。
お彼岸には、是非皆でお墓参りをしましょう。お墓は、亡き人と私たちを繋ぐかけがえのない場所です。亡くなった人と残された人、双方の為にあるものだと感じます。此の岸は、迷いや悩みが多い世界ではありますが、墓前で手を合わせ、ご先祖様と自分の命の繋がりを心に感じることができたなら、どれだけ頼もしく力の湧くことでしょう。そして、仏さまやご先祖様があなたのすぐ近くにあると信じた時、彼の岸もきっとすぐ近くにあるはずです。
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正月号2024.01.06
新年のご挨拶
新年おめでとうございます。ついこの間、お会いする方々に年始のご挨拶をした様な気が致しますが、あっという間に一年が経ちます。龍性院檀信徒の皆様方におかれましては、令和6年の新しい年をご家族ご一同様でご無事にお迎えのことと、心よりお慶び申し上げます。また、旧年中に賜りましたご厚情に対しまして、心よりお礼を申し上げます。本年も、當山護持・発展の為一生懸命尽力して参りますので、変わらぬご信援を頂きます様、よろしくお願い致します。
“温暖化”という言葉が使われる様になって久しいですが、令和5年の夏も格別に暑い夏でした。また、従来の所謂「夏」と言われた時期のみが暑いわけではなく、9月後半や10月を迎えても最高気温が30度を超える日も多く、11月の前半を迎えても尚、25度を上回る日がある等、一昔前の日本の四季とは様変わりしてしまった様な気も致します。「春」、「秋」と言われた過ごしやすい季節が短くなり、暑いか寒いかの極端な気候が増えてきたと感じます。
こうした異常な気候のせいか、この夏は森林や植木等の立ち枯れの被害も多く目に致しました。私たち人間は、暑かったら涼しい場所へ移動することも可能かもしれませんが、植物はそうもいきません。あまりに過酷な条件では、忍耐強い木々でさえ生き延びるのは難しいのでしょう。
この“龍性院だより”は、檀信徒の皆様には、紙に印刷をしてお届けしております。ベトナム出身の僧侶であるティク・ナット・ハン師は、著書において次の様に述べています。
「もしもあなたが詩人なら、この紙の上に雲が浮かんでいるのが、はっきり見えることでしょう。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ、木は育ちません。そして、木がなければ紙は出来ないのですから、この紙がこうしてここにあるために、雲はなくてはならないものです。もしここに雲がなかったら、ここにこの紙は存在しません。それで、雲と紙はインタービーイング(相互共存)しているといえるのです。」
私たちも含めたすべてのものは、相互共存しています。つまり、自分だけの単独での存在はあり得ないのです。木が一本枯れるという事も、私にとって他人事ではないし、むしろ、他人事などあり得ず、すべての事は自分事です。たった一枚の紙が目の前に存在することは、その為に必要な他のすべてが存在するからです。
世界的な気候変動や、他国での戦争や紛争、様々な問題に皆で目を向け、自分の為にもすべてのものと相互共存していることを再自覚する、そんな一年にしたいものです。
令和6年が、檀信徒皆様にとって幸多き年となります様、ご祈念申し上げ、ご挨拶と致します。
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お盆号2023.08.01
近くに感じる
日に日に暑さも増し、今年も夏のお盆の季節を迎えます。何もせずとも“夏バテ”になってしまいそうな程、埼玉の夏は暑い!檀信徒の皆様は、夏の暑さに負けずお変わりなくお過ごしでしょうか?
例年、お盆の季節にはいわゆる「帰省ラッシュ」という言葉がメディア等で盛んに報道されます。過去3年間、新型コロナウイルス感染症の社会的影響により、それ以前に比べればラッシュも緩和していた様に思われますが、今年の5月のゴールデンウィークの各地の混雑状況を見ると、今回のお盆はかつての帰省ラッシュに近いものになるのではないかと、推察されます。
「帰省ラッシュ」とは、大渋滞の中、多くの国民が故郷に帰る為の大移動のことを言います。故郷では、親族や縁者が大勢集まり、お盆に亡きご先祖様をお迎えします。そして、集まった皆でご先祖様とのご縁を確認し、そのご縁に感謝する貴重な機会となるものです。あの大渋滞の中、ひたすら多くの方が故郷を目指して帰るのは、ご先祖様も含めた多くのご縁を感じ、心安らかに過ごしたいと強く願うからだと思います。そしてご先祖様もまた、今を生きる皆様とお盆にお会いできることを、きっと楽しみにしておられるはずです。
ご先祖様は目に見えません。しかし、お墓参りや仏壇の前で手を合わせる時、私たちは心の目でご先祖様を見ています。そして、時にはご先祖様に語り掛け、好きだったお酒やお食事等をお供えし、近くにご先祖様を感じています。目には見えなくとも、決していなくなったわけではないのです。
私たちも、いつか寿命を迎えるとご先祖様と同じところへ往きます。しかし、普段からご先祖様を身近に感じられていれば、きっとその時も寂しくはないでしょう。
お盆は、ご先祖様も「帰省」されます。ご先祖様を近くに感じる、良いお盆をお迎え下さい。
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春彼岸号2023.03.26
栄養
新たな1年が始まったと思えば、“もう”3月を迎えました。時がたつのは本当に早いものです。さらに、この2週間程は“まだ”3月だとは思えないほど暖かい日も多く、1ケ月以上季節が進んだような陽気となっています。この調子だと、お彼岸の頃には桜の花を楽しむ事が出来るかもしれませんね。
春を迎ると様々な花は咲き誇り、木々は一斉に青葉に覆われます。冬の寒さに耐えた後、木々や花が元気に育つ姿を眺めていると、何だかこちらまで元気をもらえるような、明るい気持ちになります。若く青々とした葉は本当に美しいものです。
一方、私は以前、木枯らしに吹かれて落ちた葉を見ると、何か物寂く切ない気持ちになっていました。
しかし、ある時に知り合いの方(仮にAさん)から、「木枯らしによって木の枝から枯れ葉が落ちるという事は、次の葉が生まれる準備が整ったっていう事だよ」と教えて頂きました。さらにAさんは、「枯れて落ちた葉は、腐って栄養を含んだ土になって、その土が木の根に栄養を届けるから、若葉が育ち立派な青葉を茂らせるんだよ」と続けました。不勉強だった私は、その話を聞いて温かい気持ちになり、その後は落ち葉を眺める時の気持ちが変わりました。
枯れた葉は、自らの役目が終わってただ散るのではなく、落ち葉となった後も、次の若葉の為の土となり、栄養を送り育て上げているのです。自然は、そうしてちゃんと長きに亘って命を繋いで今に至っています。
翻って、私たちは木々の落ち葉と同様に、自分もやがては枯れて落ちた後、次の世代を育てる栄養となる、そんな風には普段あまり考えないものです。まして、今の自分が葉をつけて生きて来れた事は自分の力のお陰であり、前年の落ち葉の栄養のお陰様とは、ほとんど考えないでしょう。しかし、人だって落ち葉の栄養が無ければ、決して葉を茂らせる事はできないのです。
間もなく、春のお彼岸を迎えます。お彼岸には、是非皆でお墓参りをし、ご先祖様に手を合わせましょう。ご先祖様は、今の私たちが葉をつける栄養になってくれています。感謝の想いを伝え、頂いた自分の命を精一杯輝かせましょう。その心が、やがて次の葉が育つ為の栄養となります。自然が教えてくれています。自然の木々がそうであるように…
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正月号2023.01.01
新年のご挨拶
新年おめでとうございます。気づけば、令和を迎え早5年目を数えます。龍性院檀信徒の皆様方におかれましては、令和5年の新しい年をご家族ご一同様でご無事にお迎えのことと、心よりお慶び申し上げます。また、旧年中に賜りましたご厚情に対しまして、心よりお礼を申し上げます。本年も、當山護持・発展の為一生懸命尽力して参りますので、ご信援を頂きます様、よろしくお願い致します。
「光陰矢の如し」と言いますが、最近は歳を重ねるごとに、この言葉の持つ意味を噛締める、そんな正月を毎年迎えております。「歳月人を待たず」という言葉もございますが、時間というものは本当に人間の都合とは関係なく、あっという間に過ぎ去っていきます。楽しくても悲しくても、あっという間に過ぎ去ります。だからこそ、“今”という時間を無駄にせず、努めて生きていくことが大切なのです。
先日、年に数度会う程度の知り合いと会食し、別れ際に『来年もどうぞお変わりなく。』と挨拶を致しました。するとその方は、「いや、来年は今年よりもっと良い一年に変える。」と返答されました。何気なく良かれと思って掛けた挨拶でしたが、その返答に“なるほどな!”と感じ帰路につきました。
良く考えれば、この世の万物は常に変化していくものです。綺麗に色付いた紅葉も、冬の訪れと共に落葉し、やがて春を迎えれば新たな葉や花を実らせます。日本には四季があり、私たちは季節ごとに変化する自然を目の当たりにし、変わってしまうからこそ、そこに尊さや有難さを感じることが出来るのだと思います。
中国の無門禅師の詩に、《春に百花あり、秋に月あり、夏に涼風あり、冬に雪あり。若し閑事(かんじ)の心頭に挂(かか)る無くんば、便ち是れ人間の好時節。(無門関)》とあります。春には多くの花が咲き、秋には明月が美しく、夏は暑い中にも涼しい風が吹き、冬は深々と雪が降る。我々はつまらない事に心をかけず、ありのままに物事を見ることが出来れば、いつでも好事節なのです。
時間は流れ、諸行は無常です。しかし、世の中は無常だからこそ美しく、無常だからこそより良い未来の為に今を大切に努力を重ねるのです。
昨年、世界では戦争や紛争、災害等多くの災禍に見舞われました。今年は、『お変わりなく』ではなく、「お変わり下さい」と心から願います。
令和5年が、檀信徒皆様にとって幸多き年となります様、ご祈念申し上げご挨拶と致します。
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